背 景 近年、電車内の放送音声品質は向上してきました。 これは、車体の改良による騒音レベルの低下や録音音声の利用などによるものです。 しかし、区間や車両にもよりますが、特に地下・トンネル走行の時には、依然として放送音声が聞きづらいという状況は残されています。 また、場面に応じたアナウンスは車掌の音声で行われますが、この場合も音量不足などで聞きづらいことがあります。本研究はこのような車内放送音声の品質向上をめざすものです。 研究内容 車掌アナウンスの品質向上を行うためには、図2に示すようないくつかの技術が考えられます。それに対応して、以下のような研究を進めています。 1) 雑音抑圧処理 車掌の持つマイクにも走行雑音が混入されるので、これを抑圧して、よりクリーンな音声にする技術です。 処理方法としては、現在の代表的な方法であるMMSE(Minimum Mean Square Error) 法をベースとしています。 この方法は、信号を短時間周波数分析し、各時間-周波数成分の雑音抑圧ゲインを算出します。 この手法においては、雑音の周波数スペクトルを精度良く推定することが必要ですが、現時点では最適な方法は見出されていません。 本研究では、列車の走行騒音に限定することで、より良い騒音スペクトルの推定法の開発を目指します。処理結果の一例を図3に示します。 2)AGCのための音声区間検出 マイクから離れて話す場合など、車掌音声が小さい場合には、音声を増幅する必要があります。 これは、AGC(自動ゲイン制御)という技術ですが、このとき、音声の大きさを判定するために、音声区間を検出する必要があります。 これまでは、音声の倍音構造に注目した検出法を検討し、一定の結果を得ることができた(図4)。しかし、この方法では、周期性の騒音(周期的きしり音やモーター音など)を音声と誤って判定してしまうことがわかった。現在はこの問題点を改善するための検討を進めている。 3)再生音量制御 車内の騒音をモニターし、騒音が大きい場合には放送音量をあげてやります。 このとき、正しく騒音をモニターする技術が必要になります。 騒音スペクトルの推定の妨害となるのは、放送音声です。 そこで、エコーキャンセラ技術を利用して、放送音声を取り除くことを試みました。 このとき、音声も騒音も高域下がりの性質を持っているので、通常のキャンセラーではうまく動作しません。そこで、サブバンドエコーキャンセラー(図5)を導入して推定精度の向上を進めています。 4)音質制御 音量を上げれば放送は聞こえるようになりますが、単純に大きくした場合には、「聞こえるけれど耳ざわり」な音声になってしまいます。そこで、音声の音質を適切に制御することで、「耳ざわりでなく聞こえる」音声の再生を目指した研究を進めています。 図6は、電車のトンネル騒音スペクトル(赤)と、音声スペクトルの例です。 スペクトルの高周波音に関する傾きが異なっているため、音声を単純に増大させると、高周波数で音声が耳につくこと(騒音が無いのに音声だけ大きくなるため)がわかります。 この問題を解決するため、騒音のスペクトルに応じた適応的な音声スペクトルの増幅や、特に耳ざわりな音をカットするサブバンド・コンプレッサの研究を進めています。 この研究は企業*からの受託研究です。 *: 八幡電気産業 http://www.yawatadenki.co.jp/ 車両搭載音響機器のトップメーカーです。 ☆ 本研究の成果は、地下鉄日比谷線の新型車両の放送設備に導入されました。 |
図1.電車 |
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図2.放送音声品質向上の解決策 |
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図3.雑音抑圧結果 |
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図4.音声区間検出結果 (実際には、騒音が付加 された音声に処理を行った) |
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図5.騒音スペクトル推定のブロック図 |
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図6.音質制御 |